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【インタビュー】クリエイターfile No.2 なかさとゆうみさん

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クリエイターfile No.2 なかさとゆうみさん プロフィール

青森県出身。グラフィックデザイナー。
東京デザイナー学院卒業後、(株)浪漫堂などに所属し、2012年よりフリーランスのグラフィックデザイナー。そして時々バーテンダーもやってます。
人と人をつなぐ「コミュニケーションがうまれるデザイン」、人の手元に残る「消費されないデザイン」を、グラフィックという見た目だけでなく仕組みからどういう風にできるのか、そんなことを常に考えてデザインしています。

http://www.yuuminakasato.com/

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なかさとゆうみさんはEDITORYの空間全体のアートディレクションをディレクターの宮内賢治さんと共に考えてくれたデザイナーさんです。EDITORYのロゴやイラストを描かれた河野愛さんのご友人でもあります。

--グラフィックデザイナーさんになるきっかけは何だったんですか。

「漠然と昔から"デザイナーというものになる!"と決めていたんです。最近久しぶりに、昔の日記を引っ張り出してみたら小学校5年生の時に"デザイナーになりたい!"って書いていました。それから、お洋服のスタイリストもやってみたいとか、インテリアコーディネーターになりたいとか、そう思った時期もありましたが、今だから思うと共通点があって、全部自分で一か絵を描いてつくるというよりは、あるものを上手に組み合わせて見せることが昔から好きだったんだなと気づきました。そんな時に高校の進路相談があって、美容師もファッションもデザイナーだなぁ...などなど何のデザイナーになるか迷った結果、グラフィックデザイナーだったら自分が好きな色々なジャンルのデザインに関われるから、やりたいことのいいとこ取りが出来る職業じゃないかと思って決めました。」

--美容師やファッションデザイナーなんかが飛び出すあたり、お洋服も好きなのかなと思ったのですが、ちなみに高校生の時の愛読雑誌は何ですか。

「Zipper、Cutie、SEDA、KERA、Ollie girls。お洋服を買う場所が近くにほとんどなくて、当時、情報を集めるには雑誌しかなかったんです。当時出ている雑誌は手当たり次第読み漁っていましたが、今でも本や雑誌のデザインにとても興味があって、最終的には本を作る仕事がしたいと思っています。」

--ファッションではなく、今度は書籍のデザイン。昔から本当に色んなジャンルに興味があるんですね。小学5年生にこれという職業を決めるって少し早いから周りから何かしら影響を受けているのかなと思ったのですが、親兄弟の方はデザイン関係のお仕事されてるんですか。

「親兄弟ではないですが、小中高と同じ土地でデザイナーや俳優、モデル、ミュージシャンになった人が多いんです。青森県むつ市っていう本州最北端で上りの電車が19時で終わってしまう、人口5万人くらいしかいないところで、青森県の中でも陸の孤島と呼ばれています。青森市に行くにも一苦労だし、イトーヨーカドーやジャスコに行くにも一苦労。本当に何もなくて、ひたすら寒いから、皆工夫して遊ばないとやることもなかったんですよね。」

工夫するのが得意になるところ、青森県むつ市!場所も人もとっても気になってお伺いすると、有名な俳優さんに、ミュージシャン、モデルやデザイナーなどクリエイターが同世代に沢山。

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−EDITORYのアートディレクターの宮内賢治さんが、「なかさとさんはグラフィックデザインも出来るしアートディレクションも出来る。」とおっしゃっていました。今後、どちらの仕事に力を入れていこうというのはあるんですか。

「私の中でその辺りを分けていないんです。頂いたお仕事の全体像を俯瞰して見て、すべきことを考えるように元々しているんですよね。パーツだけを作るという感覚が、あまりないんです。デザイナーが出世してアートディレクターになるとは思っていないので、ディレクションもやるけれどもデザイナーと名乗っておこうという気持ちです。グラフィックデザイナーになろうと思った時からズレずに、その案件に関わることでそれまで知らなかったことを知ることが出来て、知識が増えたり自分の世界が豊かになるのが楽しいんです。」

−EDITORYのアートディレクターの宮内賢治さんとはどこで知り合われたんですか。

「浪漫堂です。数年前、自分のやりたいことは果たして今のままで合っているのか、疑問に思った時期があって、色んなことをやろうと派遣社員として短期間にたくさんの会社を巡って働いた時期があったんです。巡ったその最後にお世話になったのが浪漫堂でした。浪漫堂は全員が全員出来る人達だなと思って、だいぶ長居しました。宮内さんとは、一緒にお仕事をしたところ意気が合って、それ以来のお付き合いです。EDITORYのことは、別の仕事の打ち合わせ中に雑談をしている時に、私が本好きなのを知ってらっしゃったので『そういえば神保町で...』と紹介してくれました。」

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−神保町にはよく来ていましたか。

「実は通っていた専門学校が神保町お茶の水界隈なんです。当時は、バイト先が水道橋のイタリアンレストランでした。お店の方針で、加盟していた商店会のバス旅行に行ったこともありました。働くのが好きみたいで、学校の勉強以上にイタリヤやイタリア語の勉強ばっかりしていたくらい、どっぷり浸かっていました。最初は学校と駅の間にあったから、たまたまバイトに入っただけだったんですけどね。卒業以来、なかなか足を運ぶことがなかったんですが、こうしてまた神保町界隈に時々来ることが出来るのは懐かしいし嬉しいです。」

−そんな御縁があったんですね。神保町といえばなかさとさんもお好きな「本」の街。本のどの辺りが好きですか。

「本もそうですが、ポストカードとかメモとか紙ものがもつ『物質感』が好きなんです。誰かの物になって、使われて、最初の綺麗な状態からどんどん人の手垢がついていく。最初の目的とは別の形で人の生活に馴染んでいく。例えば、本って読み終えてしまうと、例えば机の脚に使ったり本来の使われ方ではない形で使われることってありますよね。時間の経過とともに、風化したり変化していく。そういうところも気になります。」

−将来、こんな本を作りたいという理想像はありますか。

「そういった強い像というものはないんです。自分から企画してといよりは、ご依頼いただいて制作するというスタンスなので、素敵な本の企画をお声がけ頂けるようにもっと頑張りたいですね。球を投げていただけるなら、打ち返す準備はできています(笑)
また、もちろん本はデザインしたい物のナンバーワンですけど、ご依頼いただいた内容が本じゃなくてWEBが適していると思えばそちらを進めますし、根っこはコミュニケーションをしっかり考えて制作することがデザイナーだと思っているので......今後も枠は決めず幅広く色んなことをやっていきたいですね!」

なかさとさんはとっても好奇心旺盛な方でした。インタビューの中でクライアントさんとの沢山のエピソードを話して頂いたのですが、好奇心旺盛さを物語るお話としては、アウトドアメーカーさんからお仕事の依頼を受けた際に、「使ってみなきゃわからない!」と仲間とアウトドアに出掛けたらすっかりハマってしまって、それまでインドア派だったのにすっかりアウトドア派に変わってしまったというエピソード。さらには、デザイナーという職業への愛情があり、そこからにじみ出る芯の強さを感じました。そのお仕事を、言葉を借りて野球で表すと、どんな玉でも打ち返せる職人気質のヒットバッター。

何だかボールを投げてみたい!と思った方、是非EDITORYに遊びにいらしてください。

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